風邪・熱・・・急な風邪で困った、症状がつらい、治りが悪くて心配、そんな時はご相談下さい

「まず敵を、知ること」

 

風邪は万病の元といいます。なぜでしょう。
それには風邪がどういうものか、を知る必要があります。

 

風邪は通常「急性上気道炎」と呼ばれるもので、その多くはウイルス感染症。通常3日以内に回復に向かうとされています。細かい話はWikiって下さい。
また類似する用語で「かぜ症候群*」というものがありますが、これらは単一もしくは複数(特定できないものを含む)の要因によって風邪と同様の症状をきたしている状態を指します。

 

*症候群:「症候群」という言葉はよく耳にするかとおもいますが、これは要因を問わず、現在の症状に着目し、共通する症状を呈する一連の疾患群を「症候群」という形でカテゴライズすることにより疾患と同様に扱おうとする分類上の技法です。通常、病気は要因があり発症し症状を呈するという流れが基本ですが、医療者の立場からすると、診断という現在の症状と発症の様態から要因を推認する思考技術を用いる必要があるので、このような症候群という分類技法に有用性が認められます。また分類の段階で要因を確定しなくとも、同一アプローチで包括的に介入できる(同じ治療でナントカ症候群はすべてカバーできる、他)などの利益もあります。正直、別に症候群という枠組みが無くても本質的には同じなのですが、一般に理解しやすいというのは大きなメリットで、医学は学問であり教育を前提としているので概念化することで有効なツールとなりえます。

 

「ひとつの問題を・・・違う見方で捉えるッ!」

 

そもそも風邪は急性上気道炎で自然治癒するものであるはず、しかし、それが真に風邪であるかどうかは誰にも判断できない、つまり、逆説的に、万病の元とされるのは風邪ではなく、かぜ症候群を風邪と思っていたがため、結果、例えば肺炎の初期症状を甘くみて肺炎になり、また、例えばウイルス性膵炎の初期症状を甘くみて糖尿病性昏睡になり、また例えばウイルス性心筋炎の初期症状を甘く見て心不全から致死的経過をたどってしまった、という例が「風邪は万病の元」という認識となり古来からの言い伝えとして総括されてきたのでしょう。
ここで、1つの疑問が生じます。果たして我々は風邪症状を呈した時、それが風邪である、と判断することができるのか。風邪に罹った場合、これは重篤なものを含め、今現在罹患するものが良好に経過するものなのか、重大な病気の初期症状なのか、判断することができるのか、という問いです。この疑問に対する答えは後述することにいたします。
(以下、便宜上、断りなく「風邪」と称する場合は急性上気道炎に同義とします。)

 

さて、日本の医者は昔から風邪の治し方も知らないと言われています。なぜでしょう。
この答えは単純です。風邪であれば治す必要(正確には治しにかかる必要)がないから、です。(しかし、風邪である、ということを100%証明することが困難*であるため、我々医療者側と患者側**の利害が対立しない範囲での妥協点として双方のリスクを相当程度にヘッジするための投薬治療を行うことが通常です。詳細は後述します。)

 

*困難:我々医療者が困難、という言葉を用いる場合、それが技術的以上に、限られたコストと時間の中で答えを出しにかかることは非現実的、という意味合いで用いることが多いです
**患者:概念を規定する用語として、医療者の対義語として用います。それ以上の意味はありません

 

しかしそれ以上に現在の(国際的なレベルの議論も含め)風邪診療には大きな問題があり、風邪という疾患が軽症かつ経過が早いことから大学や基幹病院においては研究の対象となりにくく研究予算や人員配置が割かれにくい(し、所属する多くの医療者にとって風邪は関心外であることが殆どである)こと。さらに風邪に罹った人は行っても中小病院か診療所レベルで解決する問題であることが多いため、当該診療圏内において風邪診療における治療の極意が広まることを期待するのは、情報非対称理論を論じるまでもなく当該中小医療機関の存亡に関わる可能性がある以上、現状の制度下では机上の空論とさえ言える状況であること。このような背景から、正しい(というよりは合理的な)風邪診療が成立しにくい土壌があります。(それこそ国際規模のNPO法人等が積極的に啓蒙を行わない限り解決しないのではないか、とも思いますがこれは別次元の話ですので医療政策の領域で解決していってもらいたい課題だと思います。)

 

殊更に、日本では教科書レベルで誤った記載や医学雑誌レベルで未だに前世紀の治療を大々的に述べる肩書きが偉大な先生方が多く、真贋を見極める力の乏しい医療者がそれに追随してキョーカショニカイテルカラ云々という理由で一つ覚えの処方を繰り返す者が多いのです。しかもその一部はすでに危険性が指摘(当該治療に従うほうがリスクが高くなる、という指摘)がされている内容すら混じっているという悲惨な現状には目を覆うばかりです。

 

古来から医療者間での(施設的な意味でなく、知識・技術的な意味での)格差は大きく、ナンデコンナヤツガという者でも努力の甲斐あって医療者になることは勿論可能ですし、社会としてはそれによる利益も一定程度認められる部分もあるのですが、如何せん成長の速度が社会の変化についていかない程度であれば技術の劣化は目に余る結果となります。我々としても業界で情報発信したところで、情報収集を怠りブラッシュアップが劣化速度を下回っている者までは投資効率が悪すぎてフォローしきれませんし、正直、自然の摂理にしたがって淘汰するのを待つしかないのかも知れません。ならば大局的に見て逆説的なアプローチも検討するべきで、これには真贋を見極める力をもつ患者層を形成して積極的に教育投資を行い、アレな医療者の消滅速度を早めることは、結果として広く患者利益に資するのかも知れません。検討の余地があります。この文章をここまで読み解けた方々には大いに期待する次第です。

 

「世の中で常識だと思われていることに疑ってかかること」

 

閑話休題、
風邪を風邪であると判断できるか否かの件ですが、答えだけ単純に言うと判断することは不可能です。当然理由を後述することになりますが、正確に回答すると「判断することはできない、従って後ろに控えている(であろう)万病のリスクをヘッジすることが治療の主眼となる」です。
感覚としては投資と似ています(というか医学とあらゆる社会的現象とで大きくかけ離れたものは存在しない)。かかる投下資本が外的要因の変化で回収が危ぶまれている(風邪をひいた)、当該変化は軽いものか(真に風邪か)甚大な被害を及ぼしうるものか(万病の初期か)の情報に乏しい。かかる投資を続けるべきか(様子をみるか)撤退すべきか(受診すべきか)、撤退するならば如何に少ない手数(少ない受診回数)で資本の回収を最大化するか(軽くすませるか)、といったところです。専門家からしたらイラッとされる記述かも知れないですが、このように医療の問題を社会問題の解決策になぞらえて解決に導くという手法、一生理解できないままの医者も多いですが、実に有効です。

 

余談ですが、医療判断学*という分野があります。これを一言でいうと、どの程度の症状や診察所見をもって、どの程度で確からしいというべきで、どの程度の介入をなすべきか否か、そもそも今診ているものは果たして真実か、というハムレット(?)な学問ですが、学問としては医学を全てマスターしていることを前提に、社会科学系の学問体系で培われた技術を医療側に応用しているような学問、といった感じです。その中では文系出身の方が何処かで聞いたようなフレーズがあり、これがまた医療で有用だったりします。例えばLess invasive alternatives (invasive → restrictiveが元ネタで法律学でLRAとして有名)、No regret policy(政策判断での考えをそのまま流用しているんだと思います)など、結局リスクヘッジという点では普遍的ですし、当然のことだと思います。従って医療の判断は投資の判断と共通する、という前提で論理構築は可能で、技術的にも応用することができます。

 

*医療判断学:詳細はググって下さい。ひと通り医学をマスターしたハイレベル医学生が更に上の世界を目指すときに必要となる学問です。因みに医学をマスターできなくても最低限度の知識があれば国試に受かってしまうので医療判断学に手をだす学生はまだまだ少数ですが学問としての認知度は上がっているようです。ただそれこそ学生の頃から知って学んでいた者は私の年代以上だと本当にごく一握りのようで、如何せん教えることができる人材が極端に不足しており、学ぶ側の参入障壁も高すぎて普及しない、という印象ですね。この国の教育制度が残念な感じ(高コスト・低品質)なのは今に始まったことではありませんが。

 

「解けなくても現象がわかる。ていうことは、大事なことなんです」

 

では、風邪(かぜ症候群)を風邪(急性上気道炎)であるとする証明がなぜ困難か。
一言で言うと立証コストが疾病の重要度(重篤性・緊急性の積と考えます)に鑑みペイしないからなのですが、要は風邪症状をきたす疾患はゴマンとあります。本当に風邪(ウイルス性の急性上気道炎)だけであれば特別治療を要しないので、ウイルスを分離したり抗体価を測定したり(これだけで円ベースで数万~十数万円のコストがかかります)、その結果を待つ間に治癒している、という愚かな結果になるので立証する実益がありません。因みに、そういう状況を我々の業界は慣習的に「困難」と表現しています。(困難、という表現であるがために判断力に欠ける司法関係者がカンチガイして注意義務云々という話になるから本来は適切な用語を作ったほうがいいんでしょうが、これは別の話。)
しかし、風邪なら風邪で放っておいて、治ればいいんだよ、というほど単純ではありません。何せ風邪である証明がされていない以上、重篤な疾病(前述でいうところの万病)の初期症状である可能性を否定したことにはならないからですし(この辺をカンチガイしている終わっている医療者がいるのも事実)、それ以前に風邪と重大疾病が合併している可能性もあります。これが、日本の医者は風邪の治し方も知らないと言われる所以でしょう。もはや「逆・裏」を検証することなく「同値」と思うなど、中学生レベル未満の証明能力です。

 

で、どうするのか。それこそが先の、後ろに控えている(であろう)万病のリスクをヘッジすることを治療の主眼とし、通常は我々医療者側と患者側の利害が対立しない範囲での妥協点として双方のリスクを相当程度にヘッジするための投薬治療を行う、という結論です。
そして同時に、今現在罹患する風邪が良好に経過するものなのか、重大な病気の初期症状なのか、判断することができるのか、という問いに対する答えが導かれました。
「それはできない。従ってまず我々がやるべきは、患者が真に風邪であるか否かを見極めるために徒に労力を費やすのではなく、およそすべての風邪症状は重大な疾病の初期症状と考え、かかる初期症状の低減および重大な疾病をより軽症化するために労力を費やすべきである」これが風邪診療の答えになります。わかっているDrとわかっていないDrのギャップがありすぎるので、誰かもっと広めてくれないかなー、と思う今日この頃です。

 

「じゃあいつ行くか、今でしょう?」

 

では、患者側はどうすればいいでしょう。
これまでの話は医療者の立場を前提に記載しました。我々としては不特定多数の風邪症状をもつ患者群の中から重大疾病の初期の可能性をいち早く察知し、被害を最小化するべく診療を行う必要がありますが、以後は当事者である患者側はどうすればいいか、という根幹的な疑問に回答をしていきたいと思います。

 

風邪なのに医療機関に行く理由は何か?これは今までに説明したことの裏返しですが、重大疾病の初期症状で風邪症状をきたすことがあるため、現状問題ないかを確認してもらうため、というのが一番大きな意義だと考えます。もちろん治すため、が前提ですが。

かと言って、風邪かな?と思った時点で毎回病院に行くのも非現実的でしょう。

いつ行くか?これには明確な目安があります。「心配なら*来て下さい」
風邪を引いたかな、と思った時、風邪の割に症状がつらいなら相談して下さい。風邪は普通は軽症ですから。3日経っても症状が良くならないなら相談して下さい。だって、風邪なら3日で治ってくるはずでしょう?このように、受診のタイミングについて言い出すとキリがないのです。現状、そしておそらく当面の未来まで、風邪であることを証明するのは結果論以外にないのですから。

 

*心配なら:このようなことを言うと、ただ心配なだけの不安神経症の人の受診が増える、とかいう愚かな医者に怒られそうですが、心配と不安は違います。これがわからないなら医者の資格ナイデショ級に基本の基本ですが、不安はanxiousというmoodです。心配はworryの意味であり、先行きの可能性に対する思慮にもとづく悩みであり心理的なphenomenonです。全く違います。それに、そもそも不安神経症はここまで読む前に別のことで不安になって受診してるし、そもそも彼らの受診回数は彼らの中で既に最大値です、だって不安神経症ですから。これは業界の話として。それにしても概念の峻別に関して英語って便利。

 

「医療ってのは実態をわかることなんです、何がおきているかが分かれば良いんです」

 

とは言え、ここまで読み解いて頂いた方にそんな分かりきった答えを出すのは恐縮至極でして、当たり前と仰るのも重々承知ですが、残念ながらこれ以外の方法はありません。我々が10万人を超える患者を診ても、未だ見極め難しと考える領域を、いかに文書や口頭で説明して知識を得ても自己判断は決してできません。むしろ不可能と割りきってもらったほうが綺麗に話が進みます。我々の概ね共通とする認識は、風邪と思われる症状で来院した患者が結果として重大疾病であったとわかったケースでの多くで、最初に気づく瞬間の大きな要素は「ひょっとしたら、という経験に裏打ちされた第六感」です。これはプロの世界で壁をやぶった者のみが達する境地なので、一般人では無理です。他の業界の方が、この能力を得たいと思うのは投資コストがかかり過ぎるので、どうか貴方の領域で世界をより良くしていただきたいと思うぐらいです。本気で入門する気ならお教えしますが。

 

ただせめて、風邪診療はそれこそ重大疾病の入り口であることを「理解している医療者を見極めて受診するように」アドバイスをお贈りしたいと思います。私自身一医療者として思うに、鼻水が出るのに鼻が診れない内科医、咳がひどいのに胸部聴診ができない耳鼻科医は風邪診療の場面に出てきて欲しくないと思っております。その割に自らの技術を偽装して風邪が見れる風に装ってたりして粋がりすぎなのですが、ホームページとかに私は風邪の見方がわかりません、とか書いてくれればいいのに。

 

我々には、ご自身の身を守るのは、ご自身(お子様の場合は保護者の方)をおいて他にないということしか申し上げることしかできません。同じ風邪症状であっても自覚的にほぼ区別がつかない以上、風邪じゃないかもという考えが頭をよぎって不安になった時、それが受診をしていただくべきタイミングとなるのです。
そもそも病気は社会全体でリスクをヘッジするべき、という考えがあります。医療保険もその考えに基づいた制度です(制度疲労が目に余りますが)。真に風邪ならリスクは知れたものですが、風邪症状を呈する重大疾病のリスクは、自分一人で様子を見て一人でリスクを抱え込むより、医療者とともにリスクをヘッジするのも一つの選択肢だと思っていただけると幸いです。
我々医療者の役目は、当該風邪症状が、安全なものであるかどうかを見極め、また将来悪化するであろうリスクをヘッジすること。これこそが我々の存在意義となります。どうか、皆様に適切妥当な医療が提供されますよう、これは我々医療者として切に願うところであります。

 

「風邪なんて免疫反応なんだ!こんなものかかれば誰にだって治せるようになる!」

 

さて、ここで5W1Hの「Why, How, When」が出揃いました。
あとはWhere, Who, Whatですが、前二者は「医療機関で」「ご自身が」と正に自明ですので省きまして、最後に「何をすればいいか」についてご説明いたします。

 

話が広がるので(何を今更ですが)、ここでは健常とされる成人+約10歳以上の小児の急性上気道炎に限定してお話します。そもそも上気道とは何か(またかよ)、適当にググって下さい。誰もが同じ事をいっています。この先、いろいろ医学用語を使って記述せざるを得ないので、適宜ググって下さい。あと、こういったWeb媒体では例外の記述が果てしなくなるため、典型的なモデルケースを前提とした一般論という括りでファジーに理解していただく他ありません。それを超えてわからないことや気になることがあるようなら、成書を読んでゴリ押しで理解しにかかるか、正当な対価のもと専門家の知恵を借りるなり別の手段を選択するのが賢明かと思われます。私がわざわざWebにおける二次情報の検証についての議論を述べる必要もないでしょう。Wikiがよくまとめてくれています。私自身も日々繰り返す同じ一般的な内容の説明を補完し記録し客観化するという点で有用であるがために記載しているにすぎず、これにより何らの責任を負うものでもありませんし、当該記載事項をもってかかる責任を追求する意図がある者の来訪に対して我々はあらゆる知恵と人脈を駆使して全力で受けて立つという方針となっています。

 

で結局カゼとは、要は上気道と呼ばれる部位に何らかのウイルスなり細菌なり(当院の診療においては細菌は専門用語であることからバイ菌*という用語を用いています)いわゆる病原微生物に感染した時に風邪を引いた、と表現します。その後体は防衛のために免疫反応という現象を起こし、敵(病原微生物のこと、以下同じ)に対抗しようとします。その免疫反応の結果、敵を駆逐して体は治癒に向かいますが、免疫応答の一連の流れは体の中で人間とバイ菌達の戦争状態**ですので、相応の苦痛を自覚します。それがいわゆる症状というもので、具体的にはセキ、タン、ハナミズ、熱にともなう悪寒戦慄や倦怠感や節々の痛みなど、所謂「風邪の諸症状」というやつを体験します。その時に診察することで、鼻や喉の粘膜が腫れたり荒れたり傷ついたり赤くなったり、炎症と感染によって起こる他覚的所見の変化を頭の中の画像データベースと照合しつつ(だいたい1万人ぐらい診ると慣れてきて喉と鼻の粘膜所見だけで疾患と病原微生物が絞り込めるようになります)、経過と症状と既往歴や家族歴などの交絡因子を加味しつつ診断を詰めていきます。

 

*バイ菌:ばっちぃイメージがありますが、漢字で書くと「黴菌」、つまりカビと菌、真菌と細菌の総称です。上気道に感染するものは、主にウイルス、細菌、カビが主体で、たまにその中間的な微生物がいますが、それも含めて当院の診療においては総称しています
**戦争状態:理解を補助するためのメタファにすぎないので、イデオロギーの話を持ち出さないこと。大人のネット民の最低限のマナーです。

 

「基礎の基礎が怖いってことを今日、何度も言っときます」

 

まず鼻水。基本的には体の防衛反応です。鼻水をたくさん出すことにより、敵(いわゆるウイルスなどの病原微生物)を追い出すための体の努力です。無駄にしてはいけません。
これをわかっているのか、わかっていないのか、多分稀にみるほど愚かな後者に属する医者が鼻水をとめる治療を(それこそルーチンで)することがありますが、治療ではありません。危害です。気をつけて下さい。風邪であれば鼻水を止める治療、ありえません。もちろんアレルギーの人については別ですが、論じると長くなるので項目をわけて詳述しますが、現時点では必要ないのに鼻水が溢れるのがアレルギーだ、という適当な認識で流しておいてください。重要なことは鼻水・鼻づまり、アレルギーの各項目で記載します。

 

タン、いわゆる鼻が悪い人(鼻水・鼻づまりの項目で記載します)などをのぞき、初期からタンがでることは少なく、風邪の経過にもよりますが後半戦から出てくる症状です。
基本的には荒れた鼻粘膜や咽頭粘膜に炎症が起き(炎症について、これは私の専門分野の一つなので語ると果てしなく長くなりますが、いつか記載する日があるかも知れません)、結果感染が制圧されて粘膜の修復に向かう。その過程で菌体の死骸や粘膜の脱落したものがタンとして出てくる(タンとして認識される)ものであることが多いです。多いです、というのは例外があるということなのですが、バリエーションが多すぎるので記載しきれませんが、先の鼻が悪い人は最初からタンが出ます、その場合病初期の多くは後鼻漏というものなのですが、次第に緑ッパナが出てくるようになった頃、鼻の奥から喉に溢れてきてタンと表現する人も多いです。ただタンとして出てくるのは長くても3日程度だと思って下さい。それを超えて出てくる時は、結構な率で後鼻漏が関与するなり下咽頭の炎症なり、その他諸々が長引いているケースで、それらは自己解決できていないことが殆どです。受診のタイミングの一つだと考えていただいて結構です。

 

ただし、咳は要注意です。普通の軽い風邪で経験するものではありません。
特に咳が止まらない、咳き込むと続いて吐きそうになる、夜咳で眠れない、朝方咳で起きる、咳き込んでゼーゼーする。このような症状は風邪では起こりません。風邪が進展しているのか、それとも別の疾患なのか。我々の立場としては咳があるなら受診をオススメします。

 

頭痛、これがまた厄介ですが、軽い頭痛ですぐ収まり「繰り返さない」なら上気道の炎症に伴う症状であることが多いのですが、特定の条件で誘発される、頭痛がつづく、などあれば受診が望ましいでしょう。一般論で括るには余りにも多岐にわたるうえに、重大疾病の部分症状である可能性が他の症状より比較的高いので、脳外科系のWebサイトを見ても気になったり困ったりするようなら受診を、と書いているとおもいます。Webで啓蒙できる性質のものではありません。

 

熱については、適当に検索して出てくる情報で必要十分です。生理学的には防御反応です。例外が無数にあるので、ここでは詳述せず、来院される方の状態に応じて個々に対応させていただきたいと思います。

 

「人に教えられるくらい反復することで、本当に自分のものになる」

 

ちなみに、真に風邪である場合の熱の、典型的な自然経過は(医療機関を受診されるケースではレアですが当事者として、また親としてはよく経験します)、
1.体が必要に際して熱をあげようとするとき、自覚的には急に寒気*がきてガタガタ震え
2.熱が上がりきったら頭がボーっとしてだるくなって、ぽかぽかした感じになり
3.熱が必要なくなって体が体温を下げようとするとき、自覚的に急に熱くなり大汗をかく
4.ひと通り汗をかいたらケロっとした感じになり、平熱に戻る
という場合が典型的、かつ体が必要とした発熱のパターンです。特にウイルス感染での経過に多く見られます。
*寒気:ゾクゾクする不快感を伴う寒さで医学用語としては悪寒(おかん:ルビ)といいますが、人によっては個体差として悪心(おしん:ルビ)(気持ち悪さ、吐き気)などを伴う場合もあります。

 

この場合は安易に熱を下げても無駄に苦しむだけです。2.のピークの時に熱でうなされる感じで辛い、または子供さんがグズっている、ときに一時休戦のために解熱するぐらいにとどめたほうが無難です。よく着せるものや室温管理について質問を受けますが、単純に考えて大丈夫で、1.のときは発熱を手伝うために着せてあげて、2.のように上がりきったら、熱がこもらないように、少し薄着で室温も上げすぎず放熱しやすい状況を維持してあげて、3.のように熱が下がり始めたらシャツ1枚でもいいので薄着にさせて、汗だくになったらマメに着替えて汗がとまるのを待つ。この1~4の全経過で水分と塩分と栄養が結構必要になるので十分(具体量は療養指導の項目で書きます)とるようにしましょう。ってその辺の医者みたいなことを言ってますが。キレイに熱がでるパターンのウイルス感染だと、それだけで1日で治ることもあります。こういう経過なら解熱剤なく過ごせることも多いです。体力消耗さえなければ翌日復帰も可能です。逆に、脱水と栄養不足にはくれぐれもご注意ください。

 

ちなみにナントカシートみたいなひんやり系グッズは医学的には無意味です。高価で効果はゼロです。あのツブツブが~、ってオイオイな感じで。敢えて言えば2.のときの症状緩和のために腋窩(ルビ:ワキノシタ)や鼠径(アシノツケネ)や項部(ウナジ)に保冷剤やアイス○ンで血液を冷やすのが少し苦痛をとってくれるぐらいで、苦しくないならそのままでもいいです。ナントカシートは我々からしたらボッタクリ価格で無意味なものを売っているにすぎないので、適当なアイテムを自作するなり類似品を安くアマ○ンで買うなりしてください。風波立てないタイプの医者から、本人が気持ちいいならどうぞ~的に言われて支持された気になっている方もいるとは思いますが、そんな値段で買うようなシロモノではないと思いますけど。うちをかかりつけにしている方はさすがに買って満足している人はあまり見かけません。

 

それはさておき、特にウイルス感染について、一般的なウイルスはもともと熱に弱い性質があり、一定程度の発熱が一定時間続いたほうが治りが良いケースというのがあります。特に小児領域においては、安易に熱を下げ続けるほうが体の負担が大きくなり、結果として予後が悪くなることもあります。しかし困ったことに熱を下げたいから熱冷ましが欲しい、他の薬はともかく熱冷ましが欲しい、という保護者も(だいぶん減らしたつもりですが)少なからずまだ残っています。正直ちゃんと保護してない保護者に用はないのですが、子供のためには正しい知識を身につけて貰いたいものでして、これだけ言っても防御反応である事実を無視して、熱さえ下がればいいや、という考えの方は申し訳ないのですが、自己責任に基づきその辺の医者なり薬局なりで適当な薬を買うなり何なりで、徒に限りある医療資源を費やしたりリスクを医療者と共有しないようにしていただけますと幸いです。もしそれでも受療するのであれば(できれば当院ではなくその辺の医者にお願いしたいところですが)、一定程度でいいので発熱について考えを改めていただけることを切に希望します。

 

ただ、熱に伴う体の節々の痛みやだるさ、などは炎症反応に伴う二次被害みたいなもので、病理学的には炎症反応によって生成された免疫複合体が親和性の高い関節や間葉系組織に沈着することでおきる現象で、生体防御上全く必要のない反応です。これらは我慢する必要がないですので、病勢と熱の状態を鑑みつつ緩和する治療を行うことが多いです。
もちろん炎症のフォーカスとなっている部分、たとえば喉とか副鼻腔とかがダイレクトに痛むことは多々あります。これも生体防御上痛みを我慢することがマイナスとなることが多いため、病因のフォローをしつつ痛みと炎症をとることは有効な治療となります。
ただ、稀に論外な医者が明らかに細菌性咽頭炎の経過で痛み止めだけ出してたりして唖然として憮然としてしまうこともあるのですが、風邪症状に加え上気道部位の痛みがあるときに市販の鎮痛剤だけで乗り切ろうとすることは場合によっては危険となります。痛みが強いなら受診すべきと考えて下さい。本当に風邪なら痛くなることは稀ですから。

 

「当院の治療を見ずに、かかりつけ医を決めてはならない」

 

症状の話は以上で一旦止めておきます。次に治療の話。とは言え、これは当院へ受診された方にしか関係がない話なので、該当の方は通院中の方向けの記事をご参照下さい。ここでは軽く紹介に留めておきます。

 

当院では、漢方の知識体系を参考に、確立された一定のフィロソフィに基づきこれを西洋薬で再現し治療を行なっています。小児についての内服薬も、ベースの薬はかなり味がいいと思われ、あまり苦手とする子供をみかけません。とくに小児科で重要なのですが、漢方に傾倒しすぎて内服できない薬を大量に出したり、組み合わせが悪く、治してるんだか悪くしてるんだかわからない西洋薬の処方は当院では行なっておりません。従って、個々のあれが欲しい、これは要らないなどの要望は原則としてお受けしておりません。あなたの服薬のこだわり以上に、私の投薬へのこだわりは強いと思っていただいて結構です。ただし、私を論破出来る程度の材料が提示できる場合は交渉に応じることはありえます。
またコモンディジーズ(医療者側からの視点で「日常的に遭遇する疾患」の意、患者の立場からはよく罹る疾患)については耳鼻科的な処置も随時行なっております。耳鼻科の知識があやふやな内科医・小児科医や下気道が見れない耳鼻科医に相談するぐらいなら、当院にご相談頂いたほうが安全かも知れません。

 

これからもファミリアクリニックの医師は、皮膚外科医の目、形成外科医のウデ、耳鼻科医の器用さ、内科医の知識と小児科医のハートで、あらゆる急性期疾患に対応していきます。

 

「ファミリアクリニック、開院日は夜20:30まで受付中」

あとがき

私に風邪についての記事を書いて欲しい旨の依頼があったのは、ちょうど列島が梅雨明けの猛暑に包まれた頃でした。ネットでは各地の球場での熱闘が伝えられ、熱と口内痛で乳幼児が窮状に陥りかねない手足口病という夏風邪が過去にないペースでの流行を迎えた頃でした。日常診療で手足口病に罹患した方々が、小児科がマトモに見れない医者に湿疹と言われていたり、端(ハナ:ルビ)から水疱ができるものと思い込んでいる内科医に違うと言われていたりする様をみて、苛立ち極まり頭から湯気が出ている時に書いたこともあり文章に多少熱湯が懸かっていますが、少々冷ましてお召し上がりいただくとよいかと思います。
およそWeb記事にかぎらず日常生活においても、情報はプレゼンテーションとタイミングが全て、これは私などが言うまでもなく、いかに的確なタイミングを見計らって、いかに的確な情報をわかる形で提示して、いかに行動に結びつけるか。この法則は、自ら正しいと認めた道を人は辿るという人間心理の性質という点でも人の心裡をついた真理といえましょう。しかし情報の真贋を審理する力がない者は、踊らされ、誤った道を辿ることになります。近年、この人類の絶対的弱点とも言える性質を端から見抜いて商用利用や政治利用して鼻を明かそうとする者が目につきます。果ては宗教にまで応用している者は目に余りますが、しかしながら我々の業界ももっと手法を採り入れて啓蒙に用いるべきあり、方法論的に学ぶべき点は多々あります。最近で最も成功した人はジョブズ氏ではないかと思っておりますが、彼のように世の中を良くして行きたいと思う人は一にも二にもプレゼンテーションを学ぶべき、これは私自身にとっての課題でもあります。
さて今回、某二流予○校のCFで聞いたことがあるようなセリフが見出しに散りばめられていますが、私個人としては彼らの事業内容を何ら支持するものでも、評価するものでもなく、断片的な名言的なものを組み合わせることでプレゼンテーションを行った手法とその結果(単なるagitationも、プレゼン次第で一流と思わせてしまえる点など)に対するオマージュにすぎず、今回これを用いたことは私個人の言葉遊びの一環だと思って軽く流してもらえればと思います(流せない貴方にメリットはありません)。しかし、同等程度のプレゼンであるなら実力が高い方に分があるというのは言及ぶべくもなく、今回は風邪診療における患者側としての身の守り方についてを主眼に彼らの言を一方的にお借りして筆を執りました。やたらと文体が硬いのは意図することがあってのことですが、これを全文読み解かれた方々にはそれもある程度伝わったことと期待します。
我々の、風邪も診れない終わっている医者との終わりなき戦いはまだ始まったばかりです。この記事が皆様が清潔で美しく健やかな毎日を過ごされる上での一助になれば医療者として幸甚でして、寄稿にあたっての結びの言葉とさせていただきたいと思います。

2013/07/01
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